「お掛けになって、お待ち下さい」

 数日前、以前仕事をいただいていた派遣会社へ、数ヶ月ぶりに行ってきました。職業訓練が終わり、訓練に関係する仕事をもらいにいったわけであります。


 今はどこの派遣会社も同じシステムにしているようですが、入り口を入ってすぐの無人カウンターに内線電話が置いてあり、ある番号にかけて用件を伝えるよう指示が書かれてあったため受話器を取りました。
 アポはとっていなかったのですが、就業していたときにとてもお世話になっていた営業担当者の名前を告げて、お会いしたいと伝えました。
「お掛けになって、お待ち下さい」
と言われましたが、すぐ横にあるソファには座らず、壁際にあるパンフレットなどを見ながら待ちました。


 2分ほど経ってから、その営業担当○△さんが音速ですっ飛んでこられました。
「ご無沙汰しております」とあいさつを交わしつつ、音速で飛んできてくれたことにとても感激したのであります。



■「立って待っているような男だよ」

 上記の例に限らず、会社または大きなお屋敷などに伺ったとき、担当者やその家の主人が現れるまでの間、「お掛けになって、お待ち下さい」と言われることが普通です。
その場合、言われるままに座って待つのか、それとも座らずに待つのか、どちらが正解でしょう?
その場の状況にもよるでしょうが、原則は「立ったまま待つ」です。


●参照書籍

草柳大蔵の礼儀(マナー)と作法(ルール)
草柳大蔵の礼儀(マナー)と作法(ルール)草柳 大蔵

グラフ社 1983-02
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 草柳大蔵氏が書かれたこの本の冒頭に、氏が24歳の時にかいた恥のことが書かれています。
昭和23年当時、雑誌社の末端編集員だった草柳氏が当時の国務大臣の邸まで原稿を受け取りに行きます。
応接間に通されてソファに座っているところへ国務大臣夫人が原稿を持って入ってくるわけですが、紅茶をごちそうしたのちにその夫人が草柳氏にこう忠告します。
「あのね、他所のお家を訪問して応接間に通されたときは、そこの家の主人が姿を見せるまでは椅子には腰をおろさず、立ったまま待つものですよ。そのために、壁に絵がかかっていたり、花瓶に花が活けられているのです」

「ありがとうございます」と、耳まで赤くなった草柳氏は夫人にお礼を言って帰ります。
雑誌社に戻る電車内で、「世の中っていいな、素晴らしいものだな」という言葉を繰り返したそうです。


 二十数年が経過し、草柳氏は一流のジャーナリストになりました。
三菱銀行会長の田実渉氏の取材をしたとき、田実氏が現れるまでのあいだ草柳氏は応接間で立ったままルオーの絵を見ていました。

 別の取材で日本興業銀行会長の中山素平氏を訪れ、取材が終わったときに中山氏が草柳氏にこう言います。
「君のこと、じつは昨日、田実さんに電話で聞きました。明日、草柳君という人と会うことになっているんだが、あなた何時か彼に会ったそうで、それで伺うんだけれど、どんな男です、彼は?そうしたらね、田実さんが電話の向こうで ”ああ、あの男はおれが部屋に入るまで座らないで、立って待っているような男だよ” というんです。それだけよ。それで僕は、きょう、君と安心して会うことにしたんだ」


●参照URL
  wikipedia 草柳大蔵 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%8D%89%E6%9F%B3%E5%A4%A7%E8%94%B5

  wikipedia 中山素平 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%AD%E5%B1%B1%E7%B4%A0%E5%B9%B3