「ハツカネズミと人間」 スタインベック

ハツカネズミと人間 (新潮文庫)ハツカネズミと人間 (新潮文庫)
John Steinbeck 大浦 暁生

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 1992年に映画化された作品を、1994年あたりにテレビで見たのですが、あまりの悲劇に心底気が滅入った記憶があります。
 その後、原作の小説を読んだのですが、映画では伝えきれないような心理描写がすばらしく、気が滅入ることもなく大きな感動にひたることができました。

 映画ではキャスティングがみごとで、特に主人公の二人はこれ以外には無いといえるくらいはまっています。


■ラバ使いの名人、スリム
 登場人物のキャラクターを、スタインベックは短い文章でとても的確に説明し、物語の流れのなかでそれをさらに際だたせています。
そして、登場人物の中でもっとも多くの説明を加え、作品中でもきわめて重要な存在感を与えている人物が「スリム」です。
すこし長いですが、その描写の一部を引用します。


髪をとかしおわると、男は部屋の中にはいってきた。その歩みには、王者と名工だけが持つ威厳がある。農場に君臨するラバ使いの名手で、十頭、十六頭、二十頭ものラバを、先頭のラバまで手綱一本で御すことができる。最後尾のラバのしりに止まったハエを、ラバに触れずにムチで打ち殺すこともできる名手だ。その態度には重みと底知れぬ落ち着きがあって、男が話を始めると座が静まりかえってしまう。その権威は実に大きく、男の言葉は、政治から恋愛まですべての問題に、ツルの一声として受け入れられる。これがスリム、ラバ使いの名人だ。ほりの深いその顔は年齢を表さない。三十五歳とも五十歳とも見える。耳は言われた以上のことを聞きとり、ゆっくりと話すその言葉には、単なる思慮でなく、思慮以上の深い理解をふくんでいる。大きくてすらりとした手は、神殿の踊り子のように動きが優雅だ。


「ハツカネズミと人間」 スタインベック 大浦暁生訳 p49

 このスリムの存在感に匹敵する脇役は、スティーブンソンの「宝島」に出てくる、ロング・ジョン・シルバーくらいなものでしょう。
スリムもシルバーも実にかっこよく、「こんな男になりたいもんやなぁ」と思ったりしたものですが、ちっともなれてません・・・

 名人と言われるくらいの技能をある道で身につけて初めて、確固たる自信に裏付けられた威厳というものが出てくるものなのでしょう。
と、小説を読み返してかなり深く反省したしだいです。